肥前長崎唐船の津
この錦絵について
長崎の港に来た唐船(とうせん、中国の船)を題にした錦絵です。「津(つ)」は港のことです。二代目の歌川広重が全国の名所を描いた揃物(そろいもの、シリーズ)「諸国名所百景」の一枚で、安政6年(1859年)に魚屋栄吉(魚栄)から出ました。
江戸時代、寛永12年(1635年)から中国船との貿易は長崎だけに限られました。はじめ唐人は町の中に住んでいましたが、幕府は密貿易を防ぐため、元禄2年(1689年)に塀と堀で囲んだ唐人屋敷(とうじんやしき)をつくり、およそ2,000人がここで暮らせるようにしました。元禄11年(1698年)の大火のあとには、屋敷の前の海を埋め立てて唐船の荷を納める蔵の地区がつくられ、「新地(しんち)」と呼ばれました。
開国ののち唐人屋敷は役目を終え、明治3年(1870年)に焼けました。跡地の館内町(かんないまち)には土神堂(どじんどう)・天后堂(てんこうどう)・観音堂と福建会館が残り、新地のあたりはいまの長崎新地中華街になっています。
出典入りで
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錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『諸国名所百景 肥前長崎唐船の津』(安政6年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
-
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る - 制作時期
- 現在から167年以上前
- 掲載日
- 更新日
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