豊橋
この写真について
愛知県豊橋市、東海道の宿場・吉田宿(よしだしゅく)のあたりを写した写真です。大正7年(1918年)に出た『東海道 広重画五拾三次現状写真対照』に収められています。歌川広重の「東海道五十三次」と当時の写真を見比べる本です。名前の「豊橋」が町を指すのか、豊川(とよがわ)に架かる橋の「豊橋」を指すのかは、写真の名前からは分かりません。橋のほうの「豊橋」は、正式には「とよはし」と読みますが、ふだんは「とよばし」と呼ばれています。
吉田宿は江戸から数えて34番目の宿場で、吉田城の城下町と、豊川の湊(みなと)をあわせた町でした。豊川に架かる吉田大橋は、幕府が直接管理する大切な橋の一つで、広重の「吉田」にも描かれています。明治2年(1869年)に吉田の町は「豊橋」と名を改め、橋もその後の明治のはじめの架け替えで「豊橋」と名付けられました。
太平洋戦争の空襲で、宿場のころの面影はあまり残っていませんが、鍛冶町(かじまち)・呉服町(ごふくまち)などの町名に名残をとどめています。江戸時代の吉田大橋があった場所にはいまも「豊橋」が架かり、国道1号の「吉田大橋」は、昭和34年(1959年)に別の場所へ架けられた橋です。
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- 資料名
- 『東海道 : 広重画五拾三次現状写真対照』(1918年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
-
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る - 撮影時期
- 現在から108年以上前
- 掲載日
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