丸山寄合町
長崎の丸山町と寄合町(よりあいまち)、あわせて丸山と呼ばれた花街。寛永19年(1642年)に町に散らばっていた遊女屋を集めたのが始まりといわれ、唐人屋敷の中国の人や出島の外国人も訪れる、ほかに例のない場所でした。
この写真について
丸山町と寄合町(よりあいまち)は長崎市の中心部にある町で、二つを合わせて「丸山」と呼ばれました。寛永19年(1642年)、市中に散らばっていた遊女屋がこの地に集められたのが始まりとされ、江戸の吉原、京都の島原と並ぶ花街(はなまち)として知られました。
外国との窓口だった長崎らしく、唐人屋敷や出島の外国人も相手にした、ほかにない花街でした。長崎くんちは寛永11年(1634年)に遊女二人が諏訪神社へ謡曲を奉納したのが始まりとされ、丸山町と寄合町は明治まで、毎年くんちで舞を奉納する役目を担ったといわれます。
昭和31年(1956年)の売春防止法の成立で花街としての長い歴史は区切りを迎えましたが、いまも長崎県指定史跡の料亭「花月」などが残り、当時のおもかげを伝えています。
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- 資料名
- 『日本之名勝』(明治33年12月)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
-
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電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る - 撮影時期
- 現在から126年以上前
- 掲載日
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