東海道 吉田
この錦絵について
愛知県豊橋市の吉田(よしだ)を描いた錦絵です。豊橋は江戸時代には吉田と呼ばれ、明治2年(1869年)に名を改めました。文久3年(1863年)、将軍徳川家茂(いえもち)の上洛にあわせて多くの絵師が描き分けた揃物(そろいもの、シリーズ)の一枚とみられ、絵師は二代目の歌川広重と考えられます。
吉田宿は日本橋から数えて34番目の宿場で、吉田城の城下町でした。吉田城は、戦国時代に牧野古白(まきの こはく)が築いた今橋城がもとで、天正18年(1590年)に城主となった池田輝政(いけだ てるまさ)が城を広げ、城下町を整えました。城の脇を流れる豊川(とよがわ)には吉田大橋が架かっていました。
城跡は豊橋公園となり、石垣や土塁が残っています。昭和29年(1954年)には鉄櫓(くろがねやぐら)が模擬復興され、2021年には城跡の主な部分が豊橋市の史跡に指定されました。
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錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『東海道 吉田』
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
-
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る - 制作時期
- 現在から130年以上前(江戸〜明治ごろ)
- 掲載日
- 更新日
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