東海道 岡崎
この錦絵について
愛知県岡崎市の岡崎を描いた錦絵です。文久3年(1863年)に福忠から出たもので、将軍徳川家茂(いえもち)の上洛にあわせて多くの絵師が東海道の各地を描き分けた揃物(そろいもの、シリーズ)の一枚です。絵師の惺々狂斎(せいせい きょうさい)は、のちに河鍋暁斎(かわなべ きょうさい)の名で知られます。
岡崎は、天文11年(1542年)に徳川家康が生まれた岡崎城の城下町で、東海道でも屈指の規模の宿場でした。城下を通る道は、何度も折れ曲がることから「二十七曲り」と呼ばれました。西の矢作川(やはぎがわ)には、江戸時代に東海道でいちばん長い橋とされた矢作橋が架かっていました。
岡崎城の天守は昭和34年(1959年)に、ほぼ昔の外観で復興されました。城跡は岡崎公園となり、自然の石を積んだ石垣が残ります。二十七曲りの道筋にも、いまも碑や常夜灯が立っています。
出典入りで
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錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『東海道 岡崎』(文久3年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
-
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る - 制作時期
- 現在から163年以上前
- 掲載日
- 更新日
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