豊川の大はし 豊橋 御油迄二り半四丁 豊川迄一り半
この錦絵について
三代目歌川広重が、明治8年(1875年)の揃物(そろいもの)『東海名所改正道中記』に描いた豊橋の景色です。豊川(とよがわ)に架かる長い木の橋を、人力車や洋傘の人、荷を背負った旅人が行き交い、川には帆掛け舟が並びます。向こう岸には松林。
ここは江戸時代の吉田宿です。豊川の大橋は長さ120間(約218メートル)、東海道でも指折りの大きな橋で、幕府が直接管理していました。吉田は明治2年(1869年)に「豊橋」と名を改めました。豊川に架かる橋にちなんだ名といわれます。絵の題の宿場名が「吉田」でなく「豊橋」なのは、そのためです。
このあたりには、いまも県道の「豊橋」という橋(昭和61年〈1986年〉に架け替え)があり、少し上流には国道1号の吉田大橋(昭和34年〈1959年〉に架設)が通っています。
出典入りで
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錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『改正五十三驛』(明治8年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
-
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る - 制作時期
- 現在から151年以上前
- 掲載日
- 更新日
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