矢はぎ川 岡崎 ちりう迄三里廿七丁
この錦絵について
明治8年(1875年)に出た、三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)の『東海名所改正道中記』(国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)から、岡崎の1枚。矢作川(やはぎがわ)に架かる長い木の橋を、洋傘や和傘をさした人たちが渡っていきます。左の手前には電信柱が立ち、河原では女性たちが水に入り、天秤棒で桶を担ぐ男性の姿もあります。
この橋が矢作橋です。慶長6年(1601年)に架けられてから、大水で何度も流され、そのたびに架け直されてきました。長さは208間(けん)で300メートルを超え、江戸時代には日本一長い橋といわれました。少年の日吉丸(ひよしまる。のちの豊臣秀吉)が蜂須賀小六(はちすか ころく)とこの橋で出会った話が知られていますが、橋が架かったときには2人とも亡くなっていて、江戸時代の読み物『絵本太閤記』の創作と考えられています。
いまの矢作橋は平成23年(2011年)に完成した16代目で、長さは300メートルです。
出典入りで
錦絵を保存する
錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『改正五十三驛』(明治8年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 制作時期
- 現在から151年以上前
- 掲載日
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