帯広停車場前旅館 信陽館
この写真について
北海道帯広市の、帯広駅の前にあった旅館「信陽館」を写した写真です。「信陽」は信濃(しなの。いまの長野県)の別名で、宿の名は「しんようかん」と読むとみられます。大正7年(1918年)に出た『開道五十年記念北海道拓殖写真帖』に収められています。どんな宿で、いつごろまで続いたかは、写真の名前からは分かりません。
帯広は、明治16年(1883年)に依田勉三(よだ べんぞう)が率いる晩成社(ばんせいしゃ)の一行が入って、開墾を始めた土地です。明治20年代には北海道庁が原野に碁盤の目の市街地を区画し、大通りが開かれました。明治38年(1905年)に鉄道が通ると、大通りと平行する西2条通りが駅前通りとしてにぎわい、帯広は十勝の大豆などの農産物が集まる町として大きくなっていきます。
帯広は大正4年(1915年)に一級町村制をしき、昭和8年(1933年)に市になりました。いまの中心街の碁盤の目の町並みは、開拓のころの区画がもとになっています。
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写真には重ねません。
- 資料名
- 『開道五十年記念北海道拓殖写真帖』(大正7年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
-
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る - 撮影時期
- 現在から108年以上前
- 掲載日
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