藤岡ヨシエ子(宮崎)
この写真について
前髪から頭の上まで、髪を大きく張り出させて高く結い上げています。着物は細かな柄で、襟元には濃い色の半襟と白い線がのぞきます。明治41年(1908年)の写真帖『日本美人帖』に載る肖像です。写真の下には名前と「宮崎」の文字が刷られています。
前へ張り出した髪は、庇髪(ひさしがみ)と呼ばれました。日露戦争で、旅順(りょじゅん。いまの中国・大連市)にある「二百三高地」を奪い合う戦いが大きな話題になると、人々は高く盛り上がった髷(まげ)にこの丘を重ね、庇髪を「二百三高地髷(にひゃくさんこうちまげ)」とも呼びました。
二百三高地という名は、丘の高さが203メートルだったことから付いたものです。日本軍がこの丘を落としたのは、明治37年(1904年)の12月でした。
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写真には重ねません。
- 資料名
- 『日本美人帖』(明治41年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 撮影時期
- 現在から118年以上前
- 掲載日
- 更新日