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出典:国立国会図書館『京都名勝』「太夫道中」出典入りで保存する
太夫道中の古写真(京都府・京都、明治40年7月)

出典:国立国会図書館『京都名勝』「太夫道中」出典入りで保存する

太夫道中

京都府・京都・明治40年7月

この写真について

京都の島原(しまばら)で、太夫(たゆう)の道中を写した写真です。『京都名勝』(明治40年、1907年)に収められ、題は「京都嶋原太夫道中」と刷られています。道中とは、太夫が置屋から、客をもてなす揚屋(あげや)へ向かう道のりのことです。禿(かむろ)という少女を先に立て、高い下駄で「内八文字」という足運びをしながら、華やかな装いでゆっくりと進みました。

島原は、寛永18年(1641年)に六条三筋町からいまの場所へ移された花街です。太夫はその最高位の遊女で、舞や和楽器、茶の湯、書、香、生け花、和歌や俳句まで、幅広い芸事と教養を身につけていました。明治に入ると町はさびれましたが、太夫道中などの行事が島原を支えたといわれます。

揚屋へ向かう本来の道中は、いまはありません。それでも島原には今も太夫がいて、行事などで道中を再現しています。北区鷹峯(たかがみね)の常照寺では、毎年4月の第2日曜日に「吉野太夫花供養」が開かれ、島原の太夫が山門から本堂まで道中を見せます。

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資料名
『京都名勝』(明治40年7月)
所蔵
国立国会図書館
使える根拠
著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
元の資料
国立国会図書館デジタルコレクションで見る 
撮影時期
現在から119年以上前
掲載日
更新日

写っているものと資料名には、手を加えていません。当時の表現について画像の整え方

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