末弘ヒロ子(福岡)
この写真について
ページいっぱいに全身の立ち姿を収めた1枚です。雲のような背景の前で体を横に向け、顔だけをこちらへ振り向けています。帯には花の柄、裾には模様が広がり、手には閉じた扇と房飾り、指には指輪が見えます。写真の下の名は「末弘ヒロ子(福岡)」。
明治41年(1908年)に時事新報社が出した写真帖『日本美人帖』は、新聞社が催した美人写真の審査から生まれました。アメリカの新聞『シカゴ・トリビューン』が世界の美人を選ぼうと呼びかけ、日本の代表選びをこの新聞社が引き受けたのです。全国の新聞が写真を集め、応募は7000人にのぼったといわれます。
その1等に選ばれたのが、小倉市長の娘で、学習院女学部の生徒だった末弘ヒロ子(すえひろ ひろこ)です。写真は義兄が本人に断りなく送ったものでしたが、審査の結果が新聞に載って名が知られると、学校で問題とされ、退学することになりました。
出典入りで
写真を保存する
写真の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
写真には重ねません。
- 資料名
- 『日本美人帖』(明治41年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 撮影時期
- 現在から118年以上前
- 掲載日
- 更新日