3rd-Party.jp

ネットの情報を、整えて使いやすく。

利用規約 3rd-Party.jp について
表示の言語:日本語
出典:国立国会図書館『日本写真帖』「松山市街」出典入りで保存する
松山市街の古写真(愛媛県・松山、明治45年1月)

出典:国立国会図書館『日本写真帖』「松山市街」出典入りで保存する

松山市街

愛媛県・松山・明治45年1月

この写真について

愛媛県松山市の町なみを写した写真です。明治45年(1912年)に出た『日本写真帖』に収められています。町のどこを写したものかは、写真の名前からは分かりません。

松山は、加藤嘉明(かとう よしあき)が慶長7年(1602年)に勝山(かつやま)で城づくりを始め、翌年にこの地を「松山」と名付けたことに始まる城下町です。寛永12年(1635年)からは松平家が治め、道後温泉を整えるなど町づくりを進めました。明治22年(1889年)に市となり、俳人・正岡子規のふるさととしても知られます。

山の上の松山城の天守は安政元年(1854年)に再建されたもので、江戸時代以前の天守が残る全国12の城の一つです。道後温泉本館は、平成6年(1994年)に公衆浴場として初めて国の重要文化財に指定されました。

ことば帳

出典入りで

写真を保存する

写真の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
写真には重ねません。

利用規約を読むプライバシーポリシーを読む

この写真をSNSに投稿する

資料名
『日本写真帖』(明治45年1月)
所蔵
国立国会図書館
使える根拠
著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
元の資料
国立国会図書館デジタルコレクションで見る 
電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る 
撮影時期
現在から114年以上前
掲載日

写っているものと資料名には、手を加えていません。当時の表現について画像の整え方

この場所をもっと知る

いまの松山を地図で

押すと Google マップを読み込みます。 Google マップで開く 

上部へ戻る