甲府市街
この写真について
山梨県甲府市の町なみを写した写真です。明治45年(1912年)に出た『日本写真帖』に収められています。町のどのあたりを写したものかは、写真の名前からは分かりません。
甲府の町は、永正16年(1519年)に武田信虎(たけだ のぶとら)が躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)を構え、「甲斐の府中」の意味で甲府と名付けたのが始まりです。武田氏が滅んだあと、天正11年(1583年)ごろから新しい城づくりが計画され、やがて甲府城と城下町がつくられました。明治22年(1889年)に市になり、明治36年(1903年)には中央線が甲府まで通って、線路は城あとの一部を横切りました。
昭和20年(1945年)7月の空襲で、町の中心は焼けました。甲府城あとは舞鶴城公園(まいづるじょうこうえん)となり、平成31年(2019年)に国の史跡に指定されています。稲荷櫓(いなりやぐら)などが復元され、躑躅ヶ崎館のあとには武田神社が建っています。
出典入りで
写真を保存する
写真の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
写真には重ねません。
- 資料名
- 『日本写真帖』(明治45年1月)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
-
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る - 撮影時期
- 現在から114年以上前
- 掲載日
この場所をもっと知る
記憶壁紙でたどる
いまの甲府を地図で
押すと Google マップを読み込みます。 Google マップで開く