東海道汽車中ヨリ見タル太平洋沿岸
この写真について
東海道線の汽車の窓から、太平洋の海辺を写した写真です。『日本風景風俗写真帖』(明治43年、1910年)に収められ、英語では「東海道線の汽車から垣間見る太平洋」と説明されています。どのあたりの海岸かは分かりません。
東海道線は、明治22年(1889年)7月に新橋から神戸までがつながりました。そのころ、直通の列車で20時間あまりかかったといいます。明治28年(1895年)に「東海道線」の名が付き、明治42年(1909年)に「東海道本線」と改められました。当時はいまの道すじとちがい、国府津(こうづ)から御殿場をまわって沼津へ抜けていました。写真の海岸は、この道すじのうち海のそばを走る、大磯(おおいそ)から国府津(こうづ)、由比(ゆい)から興津(おきつ)、舞阪(まいさか)から新居(あらい)のあたりのどこかかもしれません。
昭和9年(1934年)に丹那トンネルが開くと、熱海を通るいまの道すじになり、御殿場をまわる区間は御殿場線に分かれました。いまも東海道本線には、静岡県の由比や興津のあたりのように、海のすぐそばを走る区間があります。
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写真には重ねません。
- 資料名
- 『日本風景風俗写真帖』(明治43年11月)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 撮影時期
- 現在から116年以上前
- 掲載日
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