蹴上ゲインクライン
この写真について
京都の蹴上(けあげ)で、琵琶湖疏水に浮かぶ舟を写した写真です。明治40年(1907年)に京都市参事会が出した『京都名所帖』に収められています。題は「蹴上ゲインクライン」と書かれ、蹴上のインクラインを指すと見られます。
疏水の設計と工事の監督にあたったのは、工部大学校を出たばかりの田辺朔郎(たなべ さくろう)です。工事は明治18年(1885年)に始まり、明治23年(1890年)に完成しました。田畑の水、飲み水、舟の行き来、水車の動力が目的で、のちに発電も加わります。舟は、大津から米や薪を運び、伏見からは呉服や塩、砂糖をのせて上りました。いちばん多かった明治35年(1902年)には、荷物の舟が延べ1万4千隻あまり、人を乗せる舟が2万1千隻あまりも通っています。
舟の行き来は、昭和26年(1951年)の砂利の運搬が最後になりました。平成30年(2018年)、観光船「びわ湖疏水船」として、人を乗せる舟がふたたび走り始めています。
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- 資料名
- 『京都名所帖』(明治40年6月)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 撮影時期
- 現在から119年以上前
- 掲載日
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