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出典:国立国会図書館『京都名所帖』「通天橋」出典入りで保存する
通天橋の古写真(京都府・東福寺、明治40年6月)

出典:国立国会図書館『京都名所帖』「通天橋」出典入りで保存する

通天橋

京都府・東福寺・明治40年6月

この写真について

京都市東山区の東福寺(とうふくじ)で、谷を埋める木々と通天橋(つうてんきょう)を写した写真です。明治40年(1907年)に京都市参事会が出した『京都名所帖』に収められています。

この写真帖が出たころの東福寺は、大きな火事のあとでした。明治14年(1881年)12月、夜の失火で、仏殿や法堂(はっとう)、本尊の釈迦像などが焼けてしまいます。仏殿と法堂を兼ねた本堂が建ち始めたのは大正6年(1917年)で、できあがったのは昭和9年(1934年)です。一方、応永32年(1425年)にできた三門は焼けずに残りました。禅寺の三門としては、いまに残る最も古いものです。

三門は国宝に指定されています。境内の谷には、通天橋、臥雲橋、偃月橋が架かり、「東福寺三名橋」と呼ばれます。宋から伝わったとされる、葉先が3つに分かれた「通天モミジ」も見どころです。

ことば帳

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資料名
『京都名所帖』(明治40年6月)
所蔵
国立国会図書館
使える根拠
著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
元の資料
国立国会図書館デジタルコレクションで見る 
撮影時期
現在から119年以上前
掲載日

写っているものと資料名には、手を加えていません。当時の表現について画像の整え方

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