通天橋
この写真について
京都市東山区の東福寺(とうふくじ)で、谷を埋める木々と通天橋(つうてんきょう)を写した写真です。明治40年(1907年)に京都市参事会が出した『京都名所帖』に収められています。
この写真帖が出たころの東福寺は、大きな火事のあとでした。明治14年(1881年)12月、夜の失火で、仏殿や法堂(はっとう)、本尊の釈迦像などが焼けてしまいます。仏殿と法堂を兼ねた本堂が建ち始めたのは大正6年(1917年)で、できあがったのは昭和9年(1934年)です。一方、応永32年(1425年)にできた三門は焼けずに残りました。禅寺の三門としては、いまに残る最も古いものです。
三門は国宝に指定されています。境内の谷には、通天橋、臥雲橋、偃月橋が架かり、「東福寺三名橋」と呼ばれます。宋から伝わったとされる、葉先が3つに分かれた「通天モミジ」も見どころです。
出典入りで
写真を保存する
写真の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
写真には重ねません。
- 資料名
- 『京都名所帖』(明治40年6月)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 撮影時期
- 現在から119年以上前
- 掲載日
この場所をもっと知る
記憶壁紙でたどる
いまの東福寺を地図で
押すと Google マップを読み込みます。 Google マップで開く