保津激湍
この写真について
保津川(ほづがわ)の急流を舟が下っていく様子を写した写真です。題の「激湍(げきたん)」は、激しい早瀬のことです。『京都名所帖』(明治40年、1907年)に収められています。
保津峡は、亀岡から嵐山まで約11.5キロメートル、愛宕山の南のふもとを曲がりくねって流れる谷です。川べりの岩には、下った舟を人の力で上流へ引き上げたときの綱の跡が、ところどころに残っています。明治32年(1899年)には京都鉄道が嵯峨から園部まで延び、谷ぞいを汽車が走るようになりました。この鉄道が国のものになったのは、写真帖が出たのと同じ明治40年の8月です。
平成元年(1989年)、山陰本線は谷をトンネルでまっすぐ抜ける新しい線に移りました。もとの線路では平成3年(1991年)から嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車が走り、舟からも列車からも峡谷を眺められます。一帯は京都府立保津峡自然公園です。
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写真には重ねません。
- 資料名
- 『京都名所帖』(明治40年6月)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 撮影時期
- 現在から119年以上前
- 掲載日
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