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出典:国立国会図書館『京都名所帖』「三十三間堂」出典入りで保存する
三十三間堂の古写真(京都府・三十三間堂、明治40年6月)

出典:国立国会図書館『京都名所帖』「三十三間堂」出典入りで保存する

三十三間堂

京都府・三十三間堂・明治40年6月

この写真について

京都市東山区の三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)を、松の木とともに写した写真です。長いお堂が横に続いています。明治40年(1907年)に京都市参事会が出した『京都名所帖』に収められています。

いまのお堂は、火事で焼けたあと、文永3年(1266年)に建て直されたものです。お堂の南には、豊臣秀吉が築いた「太閤塀」が残ります。高さ5.3メートル、長さ92メートルの築地塀で、瓦には豊臣家の桐の紋が使われています。南大門は慶長5年(1600年)に、子の秀頼が建てました。西大門もありましたが、明治28年(1895年)に東寺へ移され、いまは東寺の南大門になっています。

南大門と太閤塀は、重要文化財です。1月中旬の「楊枝のお加持」では、柳の枝で参拝の人に法水をそそぎ、病気をしないよう祈ります。3月3日には、三の重なる日にちなんだ「春桃会」が開かれます。

ことば帳

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資料名
『京都名所帖』(明治40年6月)
所蔵
国立国会図書館
使える根拠
著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
元の資料
国立国会図書館デジタルコレクションで見る 
撮影時期
現在から119年以上前
掲載日

写っているものと資料名には、手を加えていません。当時の表現について画像の整え方

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