大阪北新地 平田席力榮
この写真について
縦縞の着物に、柄の入った帯。腰を下ろして片手を頭の横に添え、首を少しかしげた姿です。写真の下の名は「大阪北新地 平田席力榮」。
北新地(きたしんち)は「北陽新地」とも呼ばれました。明治15年(1882年)には、曾根崎新地(そねざきしんち)1丁目の演舞場で、京都の都をどりにならった芸妓の踊りの会が始まります。会は大火などで何度か途切れ、演舞場は大正4年(1915年)に曾根崎新地3丁目へ建て替えられました。昭和8年(1933年)の旅行案内書は、この舞台を「北陽演舞場」の名で紹介しています。
写真帖『京都大阪今様美人風俗』(明治36年〈1903年〉)から120年あまりがたち、いまの北新地は、東京の銀座と並ぶ高級な飲食店街になりました。昭和57年(1982年)からは、大阪市で「新地」の付く町名は曾根崎新地だけになり、北新地を単に「新地」と呼ぶことも増えました。平成20年(2008年)の時点で、北新地には十数人の芸妓がいたといいます。
出典入りで
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写真の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
写真には重ねません。
- 資料名
- 『京都大阪今様美人風俗』(明治36年7月)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 撮影時期
- 現在から123年以上前
- 掲載日
- 更新日
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