3rd-Party.jp

ネットの情報を、整えて使いやすく。

利用規約 3rd-Party.jp について
表示の言語:日本語
出典:国立国会図書館『京都大阪今様美人風俗』「大阪北新地 平田席力榮」出典入りで保存する
大阪北新地 平田席力榮の古写真(大阪府・北新地、明治36年7月)

出典:国立国会図書館『京都大阪今様美人風俗』「大阪北新地 平田席力榮」出典入りで保存する

大阪北新地 平田席力榮

大阪府・北新地・明治36年7月

この写真について

縦縞の着物に、柄の入った帯。腰を下ろして片手を頭の横に添え、首を少しかしげた姿です。写真の下の名は「大阪北新地 平田席力榮」。

北新地(きたしんち)は「北陽新地」とも呼ばれました。明治15年(1882年)には、曾根崎新地(そねざきしんち)1丁目の演舞場で、京都の都をどりにならった芸妓の踊りの会が始まります。会は大火などで何度か途切れ、演舞場は大正4年(1915年)に曾根崎新地3丁目へ建て替えられました。昭和8年(1933年)の旅行案内書は、この舞台を「北陽演舞場」の名で紹介しています。

写真帖『京都大阪今様美人風俗』(明治36年〈1903年〉)から120年あまりがたち、いまの北新地は、東京の銀座と並ぶ高級な飲食店街になりました。昭和57年(1982年)からは、大阪市で「新地」の付く町名は曾根崎新地だけになり、北新地を単に「新地」と呼ぶことも増えました。平成20年(2008年)の時点で、北新地には十数人の芸妓がいたといいます。

ことば帳

出典入りで

写真を保存する

写真の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
写真には重ねません。

利用規約を読むプライバシーポリシーを読む

この写真をSNSに投稿する

資料名
『京都大阪今様美人風俗』(明治36年7月)
所蔵
国立国会図書館
使える根拠
著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
元の資料
国立国会図書館デジタルコレクションで見る 
撮影時期
現在から123年以上前
掲載日
更新日

写っているものと資料名には、手を加えていません。当時の表現について画像の整え方

この場所をもっと知る

いまの北新地を地図で

押すと Google マップを読み込みます。 Google マップで開く 

上部へ戻る