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出典:国立国会図書館『改正五十三驛』「山中の里 藤川 岡崎迄二里」出典入りで保存する
山中の里 藤川 岡崎迄二里の錦絵(愛知県・藤川、明治8年)

出典:国立国会図書館『改正五十三驛』「山中の里 藤川 岡崎迄二里」出典入りで保存する

山中の里 藤川 岡崎迄二里

愛知県・藤川・明治8年

この錦絵について

わら屋根の家が並ぶ山あいの宿場へ、道がゆるやかに下っていきます。荷を積んだ馬、洋傘をさした男、天秤棒を担いだ人。左手には電信柱が立ち、右手には赤い花の咲く木。札には「山中の里」とあります。三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)の『東海名所改正道中記』(明治8年〈1875年〉、国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)から、藤川の宿の場面です。

藤川は、いまの愛知県岡崎市藤川町あたり。宿の東どなりには、慶安元年(1648年)に山中郷(やまなかごう)から人を移して、市場村がつくられました。宿の西のはずれの十王堂(じゅうおうどう)には、「ここも三河 むらさき麦の かきつばた」という松尾芭蕉(まつお ばしょう)の句碑があります。

脇本陣跡には門や石垣が残り、古い家並みも見られます。藤川宿資料館もあり、国道1号沿いには「道の駅藤川宿」ができています。

ことば帳

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資料名
『改正五十三驛』(明治8年)
所蔵
国立国会図書館
使える根拠
著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
元の資料
国立国会図書館デジタルコレクションで見る 
制作時期
現在から151年以上前
掲載日

描かれているものと資料名には、手を加えていません。当時の表現について画像の整え方

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