石薬師 四日市迄二り廿七丁
この錦絵について
雪がしんしんと降るなか、大きな松の下で、荷を積んで人を乗せた馬と、蓑(みの)や笠の旅人が足を止めています。奥には雪をかぶった山並み。明治8年(1875年)、三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)が『東海名所改正道中記』(国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)に描いた、石薬師(いしやくし)宿の冬の景色です。
石薬師が東海道の宿場になったのは、元和2年(1616年)です。ここには石薬師寺があり、寺伝では、奈良時代、現れた巨石に泰澄(たいちょう)が薬師如来の姿を見て草庵を結び、のちに空海がその石に薬師如来を刻んだといわれます。寺の名も元和2年に、宿の名にちなんで「石薬師寺」と改められました。
宿場の跡には、本陣や一里塚の跡が残ります。唱歌「夏は来ぬ」の作詞者で、明治5年(1872年)にここで生まれた歌人、佐佐木信綱(ささき のぶつな)の生家と資料館もあります。
出典入りで
錦絵を保存する
錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『改正五十三驛』(明治8年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 制作時期
- 現在から151年以上前
- 掲載日
- 更新日
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