3rd-Party.jp

ネットの情報を、整えて使いやすく。

利用規約 3rd-Party.jp について
表示の言語:日本語
出典:国立国会図書館『改正五十三驛』「薩多のした 由井 おき津迄二り十二丁」出典入りで保存する
薩多のした 由井 おき津迄二り十二丁の錦絵(静岡県・由比、明治8年)

出典:国立国会図書館『改正五十三驛』「薩多のした 由井 おき津迄二り十二丁」出典入りで保存する

薩多のした 由井 おき津迄二り十二丁

静岡県・由比・明治8年

この錦絵について

山すそと荒波のあいだの細い道を、荷を担いだ男たちが駆けていきます。道に沿って電信柱が並び、手前には、洋傘をさした客を乗せた人力車。右の奥には雪の富士山がのぞきます。三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)の『東海名所改正道中記』(明治8年〈1875年〉、国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)から、由比(ゆい。札では「由井」)の宿の場面。赤い札には「薩多のした」とあり、薩埵(さった)峠の下の道を描いたものとみられます。

由比と興津(おきつ)のあいだには、山が海へ突き出した薩埵峠があります。江戸時代の初めまでは、波打ち際の道を、さらわれないよう駆け抜けるしかありませんでした。明暦元年(1655年)に山の中腹を行く道が開かれ、嘉永7年(1854年)の安政東海地震で海岸が隆起すると、海沿いも通れるようになりました。

峠の展望所からは、富士山と駿河湾、その下を走る東名高速道路と国道1号を一度に見渡せます。

ことば帳

出典入りで

錦絵を保存する

錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。

利用規約を読むプライバシーポリシーを読む

この錦絵をSNSに投稿する

資料名
『改正五十三驛』(明治8年)
所蔵
国立国会図書館
使える根拠
著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
元の資料
国立国会図書館デジタルコレクションで見る 
制作時期
現在から151年以上前
掲載日
更新日

描かれているものと資料名には、手を加えていません。当時の表現について画像の整え方

この場所をもっと知る

いまの由比を地図で

押すと Google マップを読み込みます。 Google マップで開く 

上部へ戻る