三條の大橋 西京
この錦絵について
東海道の旅の終わり、京都の三条大橋です。三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)の『東海名所改正道中記』(明治8年〈1875年〉、国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)も、この橋で締めくくられます。鴨川に架かる橋を、着飾った女性や笠の旅人、洋傘をさした人が行き交い、右の端には人力車も見えます。川向こうには2階建ての家並み、その奥には東山の緑。黄色い札には、宿場の名の代わりに「西京」。東京に対して、京都をこう呼んだ名です。
三条大橋は、江戸時代には東海道五十三次の西の端で、幕府が直接管理する橋でした。天正年間(1573〜92年)に、豊臣秀吉の命令で石の柱の橋に改められ、擬宝珠(ぎぼし。欄干の柱の頭の飾り)には、日本で石の柱の橋はこれが初めて、という意味の銘が刻まれています。大正6年(1917年)には、日本で最初の駅伝がここをスタートしました。
いまの橋は昭和25年(1950年)に完成したものです。近年の欄干の改修でも、擬宝珠はそのまま使われました。
出典入りで
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錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『改正五十三驛』(明治8年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 制作時期
- 現在から151年以上前
- 掲載日
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