両街道の追分 草津 大つ迄三り半六丁
この錦絵について
滋賀県草津市の、東海道と中山道が分かれる追分(おいわけ)を題にした錦絵です。三代目の歌川広重が明治の東海道の宿場を描いた揃物(そろいもの、シリーズ)「東海名所改正道中記」の一枚です。資料の題は『改正五十三驛』で、明治8年(1875年)に出ました。「大つ迄三り半六丁」は、次の大津宿まで三里半六町という道のりです。
草津宿は、東海道と中山道という二つの大きな街道が分かれ、また合わさる交通の要所でした。分かれ道には文化13年(1816年)、飛脚問屋など街道を行き来する人たちの寄進で、高さ4メートル近い石の道標が建てられ、「右東海道いせみち」「左中仙道美のぢ」と刻まれています。
この道標はいまも追分に立ち、草津市の文化財に指定されています。近くの草津宿本陣は、江戸時代の姿をよく残すとして昭和24年(1949年)に国の史跡に指定され、全国に残る本陣のなかでも最大の規模をもちます。
出典入りで
錦絵を保存する
錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『改正五十三驛』(明治8年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
-
国立国会図書館デジタルコレクションで見る
電子展示「錦絵と写真でめぐる日本の名所」で見る - 制作時期
- 現在から151年以上前
- 掲載日
- 更新日
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