坂道より大井川 金谷 日坂迄一り廿九町
この錦絵について
坂道から見下ろすと、大井川の広い流れの向こうに、雪の富士山がそびえています。川には小舟がいくつも浮かび、手前では、荷を積んだ馬の上の旅人と馬子(まご)が、煙管(きせる)をくわえた顔を寄せ合っています。坂の下の町には、旗を立てた白い建物も。明治8年(1875年)に出た『東海名所改正道中記』(国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)で、三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)が描いた金谷です。
「越すに越されぬ大井川」と歌われたように、江戸時代の大井川は、人足の肩や輦台(れんだい。人を乗せて担ぐ台)で渡る川でした。明治になると、金谷の背後に広がる牧之原(まきのはら)台地は、静岡へ移ってきた旧幕臣たちに払い下げられ、渡し舟が許されて仕事を失った川越しの人足たちにも、土地が分けられました。開墾が進んだ台地は、やがて大きな茶畑になっていきます。
出典入りで
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錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『改正五十三驛』(明治8年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 制作時期
- 現在から151年以上前
- 掲載日
- 更新日
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