足高山の景 沼津 原迄一り半
この錦絵について
大きな松の向こうに、雪の富士と青い山並み。川には板の橋が架かり、そのそばを、荷を積んだ馬と、あとを歩く男が行きます。手前の道では、笠を抱えた旅人が子どもの手を引き、白い犬と遊ぶ子どもたちも。題の「足高山(あしたかやま)」は、いまの愛鷹山(あしたかやま)の古い書き方で、富士山の南隣にある火山です。
沼津宿には、天保14年(1843年)に旅籠(はたご)が55軒ありました。町には、安永6年(1777年)に水野忠友(みずの ただとも)が築きはじめた沼津城があり、明治元年(1868年)からは沼津兵学校の校舎に使われましたが、明治5年(1872年)に競売にかけられて取り壊されています。絵の添え書きには「水野家の城あと」の字が見えます。三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)の『東海名所改正道中記』(国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)が出た明治8年(1875年)には、城はもう跡だけでした。
本丸の跡は、いま中央公園になり、「沼津城本丸址」の碑が立っています。
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錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『改正五十三驛』(明治8年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 制作時期
- 現在から151年以上前
- 掲載日
- 更新日
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