3rd-Party.jp

ネットの情報を、整えて使いやすく。

利用規約 3rd-Party.jp について
表示の言語:日本語
出典:国立国会図書館『改正五十三驛』「汐見坂の景 白須賀 二川迄一里廿四丁」出典入りで保存する
汐見坂の景 白須賀 二川迄一里廿四丁の錦絵(静岡県・白須賀、明治8年)

出典:国立国会図書館『改正五十三驛』「汐見坂の景 白須賀 二川迄一里廿四丁」出典入りで保存する

汐見坂の景 白須賀 二川迄一里廿四丁

静岡県・白須賀・明治8年

この錦絵について

坂道から見下ろすと、青い海が大きく広がります。沖には白い帆。道には人力車と、帽子に洋服の男、荷を負った旅人たちが行き交います。札の「汐見坂(しおみざか)」は、白須賀(しらすか)の宿の手前の坂。明治8年(1875年)に出た、三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)の『東海名所改正道中記』(国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)の1枚です。

白須賀宿は、もとは海の近くにありましたが、宝永4年(1707年)の宝永地震と津波で大きな被害を受け、坂の上の高台に移されました。汐見坂は、京から東へ向かう旅人がはじめて太平洋や富士山を目にする所として知られていました。

明治に東海道本線を敷くとき、この坂の勾配が蒸気機関車には厳しく、線路は浜名湖沿いの鷲津(わしづ)を通ることになりました。そのため白須賀には、いまも一部に昔の家並みの面影が残っています。

ことば帳

出典入りで

錦絵を保存する

錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。

利用規約を読むプライバシーポリシーを読む

この錦絵をSNSに投稿する

資料名
『改正五十三驛』(明治8年)
所蔵
国立国会図書館
使える根拠
著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
元の資料
国立国会図書館デジタルコレクションで見る 
制作時期
現在から151年以上前
掲載日

描かれているものと資料名には、手を加えていません。当時の表現について画像の整え方

この場所をもっと知る

いまの白須賀を地図で

押すと Google マップを読み込みます。 Google マップで開く 

上部へ戻る