関 坂の下迄一り半
この錦絵について
街道に立つ大きな鳥居と、その脇の灯籠(とうろう)。鳥居の前を飾りを付けた馬や人力車が通り、左の茶店では旅人がひと休みしています。奥には三角の山、左には咲きそろった桜。関宿の東の追分(おいわけ。道の分かれ目のこと)を描いた、三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)の『東海名所改正道中記』(明治8年〈1875年〉、国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)の1枚です。
東の追分は、東海道から伊勢神宮へ向かう伊勢別街道が分かれるところです。ここの大鳥居は、伊勢神宮の式年遷宮(しきねんせんぐう。20年ごとに社殿を建て替える行事)のたびに、内宮(ないくう)の宇治橋の大鳥居を移して建て替えられます。明治2年(1869年)からのならわしです。「精いっぱい」を表す「関の山」という言葉は、関宿の夏祭りに出る山車(だし)が立派だったことから生まれた、といわれます。
関宿には、東の追分から西の追分までの約1.8キロに、昔ながらの町家が200棟以上残っています。昭和59年(1984年)には、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれました。
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錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『改正五十三驛』(明治8年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 制作時期
- 現在から151年以上前
- 掲載日
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