白鳥塚の景 庄野 亀山迄廿七町
この錦絵について
札の「白鳥塚」は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の墓と伝わる古墳のことです。絵では、松の並ぶ街道を笠の旅人や荷を担いだ人、人力車が行き交い、田んぼの向こうに小さな鳥居が見えます。庄野(しょうの)宿の近くの景色です。
『日本書紀』では、日本武尊は能褒野(のぼの)に葬られ、白い鳥になって大和の方へ飛び去ったとされます。白鳥塚はこの言い伝えから名が付き、江戸時代の終わりごろの国学者の多くは、ここが日本武尊の墓だろうと考えました。三代目歌川広重(うたがわ ひろしげ)のこの絵が『東海名所改正道中記』(国立国会図書館での題は『改正五十三驛』)として出たのは明治8年(1875年)。その翌年、白鳥塚は日本武尊の墓と定められましたが、3年後にはいまの亀山市の別の古墳に改められています。
白鳥塚古墳は鈴鹿市にある長さ78メートルの古墳で、近くには日本武尊を祀る加佐登(かさど)神社があります。
出典入りで
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錦絵の下に帯を足し、出典と「3rd-Party.jp」を入れて保存します。
錦絵には重ねません。
- 資料名
- 『改正五十三驛』(明治8年)
- 所蔵
- 国立国会図書館
- 使える根拠
- 著作権の保護期間満了(パブリックドメイン)
- 元の資料
- 国立国会図書館デジタルコレクションで見る
- 制作時期
- 現在から151年以上前
- 掲載日
- 更新日
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